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Thu.

告白

いろいろな宣伝文句を組み合わせてみると、
河内音頭のスタンダードナンバーで、明治26年5月に実際に起きた大量殺人事件<河内十人斬り>をモチーフに、永遠のテーマに迫る渾身の長編小説。
ということらしい。

テーマは、「人はなぜ人を殺すのか」「ムラ社会に自我を持ち込んだらどうなるか」といったところだが、真剣に語られる主人公熊太郎の「思弁」とふざけた文体のギャップが最高。

この人には、週刊読売のコラム「テースト・オブ・苦虫」で興味を持ち、今までに何作品か読んだが、これは最高傑作ではなかろうか。意味不明な間の外し方でパンク侍ワールドに引き込むのがこの人の常套手段だけれど、本作品ではその手法を踏襲しつつも、本筋から話が逸れることはない。語り部を当時の背景に置きつつ、「現代で言えば~」といった比喩(しかも面白おかしい比喩)を用いる技法などは、正に真骨頂。

そんな技巧的な問題は抜きにしても、本作品は文句なく面白い!

何で面白いかと言えば、
「自分が思っている言葉が素直に出てこない」
「周囲から浮いたような気がしている」
といった感覚が普遍的で、誰でも感じているものだからではないだろうか。

小生も例外ではない。
きっと、自分が描いている自画像と周囲の評価との間には多少のズレがあって、
「ホントはそうじゃないんだけどな…」
と思いつつ、周囲が期待する像に合わせている自分が常にいる。

この小説の主人公である熊太郎は、その周囲に合わせる作業すら困難な大きなギャップを抱え、それが鬱屈して自分の内部に溜まっていく。それが究極まで蓄積したとき、何が起こるか。大量殺人犯にもかかわらず、憎む気になれず、むしろヒーロー視されてきたのには、もちろん判官贔屓もあるのだろうが、「誰もが彼と同じである」「自分もそうなる可能性がある」という感情移入が作用しているのではないだろうか。

山崎豊子の重厚な文章も安心して読めて良いけど、たまに毛色の違ったものを、と思う方にはかなりお勧めの一冊。

23:12 | 読書 | comments (8) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Wed.

ドキュメント 戦争広告代理店 ―情報操作とボスニア紛争

同じ職場の人が貸してくれた本(最近、借りてばっかりだなぁ)。

最初タイトルを見たときは、電通や博報堂の仁義無き戦いを書いたものかと思った。でも、それならば「戦争」と「広告代理店」の順序が逆な気もする、とも感じた。だいたい、我が職場の人間が薦めてくれる本の内容としてかけ離れている。

実際の内容は、ボスニア紛争で活躍?したPR企業の戦略・実際の活動について詳細に追ったもの。

そもそも「PR企業」といった業態自体が、我が国においては一般に馴染みのないものであるので、その説明を簡単にさせていただくと、選挙で政党の宣伝をしたり、企業のイメージ戦略を請け負ったりする企業のこと。米国の大統領選挙において、相手陣営のマイナスイメージになるようなTVCMなどが盛んに流されるが、あれもPR企業による「ネガティブ・キャンペーン」によるもの。

米国の政治家などは、若い頃からPR企業の振り付けで鍛えられているせいか、自分のイメージを良く見せる受け答えが非常に上手である。先日、横田めぐみさんの母、早紀江さんによる米大統領訪問時も、「大変お忙しい時間を割いて頂いて申し訳ありません」と挨拶した彼女に、「人間の尊厳と自由について話せないほど忙しくはありません」と応じたという。

ブッシュ妄言録」「不思議の国のブッシュ」なる本が出版され、日頃アホさ加減ばかりが取り上げられがちな大統領だが、先日の応答はハリウッド俳優の台詞さながらであった。

前置きが長くなった。
PR企業は、ときに一国家のイメージ戦略を請け負うこともあり、それがボスニア紛争でどう働いたか、国際世論にどう影響を与えたかが、この本で扱われているテーマである。

読んでみて、吐き気がしそうになる。
米国とは、民族紛争すら商売になる国であった。

「民族浄化(ethnic cleansing)」

この紛争を通じて世界に広まった言葉である。
もしこの言葉が、ボスニア・ヘルツェゴビナの被害者的イメージを世界に広めるために作り出されたキャッチコピーだったら?
実際にはボスニア・ヘルツェゴビナもセルビアも同じようなことをやっていたのだとしたら?
実際には強制収容所など存在していなかったのだとしたら?

そんなことは考えたことがなかった。

我々には両国のどちらが何をやっているかなど、直接知りうるはずはない。所詮紙の上、あるいは映像箱の中での出来事である。だから大衆は、マスコミの「作った」事実を信じるのみだ。だとすれば、世界中の人々にとって、情報操作がいかに有効であったことか。

総括すると、
1.情報が氾濫する現代において、常に批判的な視点を持つことの重要性
2.逆に、黙っていては孤立する可能性もある(PRも大切)
ということを感じた。

1.は言わずもがなのことだが、なかなか難しい。だいたい、自分の中に受け売りでない知識がどの程度あるだろうか。人間が一生の間に直接経験できることなどたかが知れている。それなのに、入ってくる全ての情報をいちいち疑っていたら…。常に自分の頭で考えることを止めないことだと、勝手に対処法を決めた。

2.については、「沈黙は金、雄弁は銀」的感性からすると黙っている方が説得力がありそうだが、適切に情報発信しないと不利な立場に追いやられてしまう場合もある。小生を含め、一般大衆は無知蒙昧なのだ。確かに、身近な例を考えてみても、仕事の際などに「言った者勝ち」になるケースはまま見られる。

この本が、マスコミの人間によって書かれたというのも皮肉である。
ちなみに、セルビアのミロシェビッチ元大統領は、今から2ヶ月ほど前に獄中で亡くなった。

13:23 | 読書 | comments (1) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Sun.

国家の品格

先ほどテレビでやっていましたが、115万部だそうです。
凄いことになってますね。

小生は最初、書いてあることが大体想像できる、という理由から読んでいませんでした。
しかし、3ヶ月ほど前にふと読む本がなくなったとき、たまたま家に置いてあったことから、(妻の薦めもあり)読んでみました。
(今さら話題に出すのも、売れていることに便乗してのことです。)

速い人なら3時間もあれば読んでしまう程度の分量なのですが、なかなかどうして。まあ、当たり前のことを言っているだけだし、今さら本にすることかよ、という程度の内容なのですが、一つ一つがスーッと心の中に入ってくるのです。自分が思っていたけれど、あまり言葉として表現していなかったことを代わりに言ってもらったような。

しかし、この本がベストセラーになるなんて、日本もまだまだ捨てたもんじゃありません。

それにしても、お茶の水女子大、藤原先生や土屋先生など、ユニークな教授を沢山擁していますな。

23:45 | 読書 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Thu.

最近読んだ本より

板垣雄三『「対テロ戦争」とイスラム世界』

いくつかイスラム圏のプロジェクトを持っているので、たまにイスラム関係の本を読んで頭を整理している。ちょうどこの本を読み始めた頃、例の風刺画騒ぎが持ち上がって、極めてタイムリーな読み物となってしまった。
「イスラム原理主義者」という言葉の生い立ちと、その誤用(現在は「テロリスト」とほぼ同義になってしまっている)、また、イスラム世界には穏健なウラマー(法学者)がいることは分かった。
しかし、、、信仰の自由は暴力を容認することにはならないだろ。。
多少背景は異なるものの、「信仰と暴力の結びつき」ということで、オウム事件を思い出したのは小生だけではあるまい。穏健派ウラマーによる事態の収拾を期待したい。



林信吾「しのびよるネオ階級社会―“イギリス化”する日本の格差」

最近言われている社会の階層化。三浦展氏の著作も売れているようだ。でもこれって、とっくの昔にみんな気付いていたことではないだろうか。少なくとも小生は、小学校の頃から感じていたのだが…。厳密に言うと、階層とは違うのかもしれないが、学校の友人たちを見ていれば、あまり常識がなく、利発そうでもない親の子供は、例外なく躾も教育もされていないということは明らかだった。「この親にしてこの子あり」とでも言うべきか。当然と言えば当然の話である。まあ、詰まるところ小生が冷めた、生意気なガキだったのだが。
そんな、今さらの「階層化」について一応何か読んでおこうと思って手に取ったのだが、、、この本は、筆者の高校時代の思い出話とか、不要な記述が多すぎる。しかも、文章が全く学術的でなく、分析も浅い。読む必要のない一冊。我が国の階層化についてなら、別の本をお勧めしたい。



山本一力「蒼龍」

stargazerさんのオススメ。半年以上前に薦めていただいたのに、今ごろ読んだ(面目ありません)。結論、面白い!(って、それだけかよ。)この作家さん、どうやら小生と同じ沿線に住んでいるらしく、馴染みの地名がいっぱい出てくる。まあ、この作家さんに限らず、例えば先日ご紹介した飯嶋和一や、次に紹介する山本周五郎でも、江戸時代を背景とした小説には、下町であるこの沿線の地名が沢山出てくるのだが。なので、引っ越してきた当初はあまり好きでなかったこの沿線に、最近では少しずつ愛着が湧いてきたのも事実。
話題が逸れた。この本は5つの短編から構成されているのだが、その1つ1つに「教訓」ともいうべきモチーフがあって、それぞれ自分の生き方を考えさせられる。小生、単純なので、例えば三浦綾子とか遠藤周作のような「キリシタン作家」なども含め、「教訓もの」が嫌いではない。やはり何か得るものが欲しくて本を読んでいる部分も大きいので、自省できる本というのは、それだけで小生にとっては読む価値があるものなのだ。
そんな点からも、江戸時代の庶民ものであるという点からも、非常に楽しめる1冊だった。

あと、これを機に、stargazerさんをリンクに追加(というより、全然更新しない小生の元・同期の同タイトルブログと入替)させていただきます。宜しくお願いします。



山本周五郎「つゆのひぬま」

今さら説明の必要もないかもしれない、山本周五郎の短編集。ウチの母親が好きな作家。さすがは奉公の経験があるだけあって、庶民を書かせたらピカイチである。また、戦争前後に書かれた作品が多く、やはり現代の人とは違った謙虚さを作品から感じる。個人的には「武家草鞋」「山女魚」がオススメ。
23:09 | 読書 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Sat.

最近読んだ本から。。。

池波正太郎「男の作法」

盲戌さんご推薦。
寿司や天ぷらの食べ方・酒の飲み方から、チップのあげ方、(商売人の)女性との遊び方まで、彼の美学がぎっしり。
書かれたのが昭和56年であるので、今日では内容が多少古いと感じる部分も多いのだが、、、

●オトコでも自分の洋服くらい自分で選べ
●(特に東京においては)車は持つ必要がない
●ゴルフ・麻雀は(若いうちは)時間の無駄

などは、個人的に共感するところ大。
粋、とはどんなことか教えてくれる。

2時間ほどで読み終わる薄い本だが、手元に置きながら、折にふれて参照したい1冊。




ピーター・ドラッカー「テクノロジストの条件」
(上田惇生訳)

日本人に信者の多い経営学者、ピーター・ドラッカーの「はじめて読むドラッカー」シリーズの1つ。これまでの論文のエッセンスを集めたものらしく、話がかなり広範にわたるため、読むのに少し骨が折れるかもしれない。
筆者の言うテクノロジストとは、「知識労働者のなかで、知識労働と肉体労働の両方を使う人たち」とのことであるが、これって現在第三次産業に携わっている大部分の人があてはまるのではないだろうか。
しかし、一つ落とし穴が…。タイトルはいかにも「テクノロジスト対象」のように見えるが、実際には経営者やマネジメントを行う者を対象としていると思われることである。

●文系の仕事(マネジメント)を理解できる理系の人間、理系の仕事(技術)を理解できる文系の人間がこれからますます必要になる
●組織刷新、新規開拓(本書では「イノベーション」という横文字をそのまま使っている)などを行おうとしたら、得意分野を伸ばすのが適切であり、全く素人の分野にいきなり参入しても成功する確率は低い
●経済学で言う生産要素「土地・労働・資本」は、今日意味を持たなくなりつつある。「知識」だけが意味ある資源である

といった主張は「古くて新しい」響きを持っている。確かに筆者の言うとおり、技術の発展がもたらした産業革命-生産性革命は、肉体労働者の生産性を格段に向上させ、肉体労働者の労働力人口を激減させた。今後は非肉体労働者の生産性が問題になるのだろう。それを改善するのは情報通信技術なのか、それともマネジメント方法のような「知識」なのだろうか。。。

我が職場は、いわゆる営利企業ではないが、組織論やマネジメントの考え方は将来管理職になった際にでも応用できそうである。最近、職場で「中堅職員研修」のようなものを受けたのだが、「自己実現の次は組織実現を」と言われ、もうそんな年齢層に入ってきたのだな、と焦りを感じた。この本もお蔵入りさせておいて、そのうちに引っ張り出して再読してみよう。

著者は昨年11月に95歳で逝去。合掌。

23:18 | 読書 | comments (9) | trackbacks (0) | edit | page top↑