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Sat.

出張日記(海を渡った日本人編)

すっかり期限切れのネタをまだまだ引っ張る小生です。
最近、すっかり更新がおろそかになっていますが、労組活動に自社の合併に大きな会議に新人教育係と、物理的に体が空かないことが多いだけで、やる気だけはあります。いや、むしろ誰にも負けません。お願いですから採ってください、じゃなかった、懲りずにお付き合いくださいまし。

明治以降、100万人にも及ぶ日本人が海外へ移住したことは、世の中でどのくらい知られているでしょうか。このブログを読んでくださっている方の中には少ないのかもしれませんが、移民/移住って何?という人も世間には多いかもしれません。
ところで、みなさんは日本人移民と聞いて、まず最初にどこの国を思い浮かべますか?

ハワイにも日系人は沢山います。少数ですが、カナダにもいます。小泉内閣時代には、ドミニカ共和国移民の裁判がニュースにもなりました。しかし何と言っても、最大の移住先は移民総数の4分の1を占めるブラジルです。

その勤勉さで、ブラジル社会において成功と尊敬を勝ち取ってきた日系ブラジル人も、既にその多くが2世、3世。中には4世、5世もいます。完全に現地社会に同化し、下の世代になるほど日本人的な気質は薄れてきています。

ちなみに、今年は日本人がブラジルに初めて移住してから100周年。移住の斡旋事業をそのルーツの1つに持つ我が社でも、幾つかの記念事業が計画されています。
記念式典関係では、昨日はこんなニュースがありました。また、このブラジル訪問に我が社の役員が同行することもあって、事務方はかなり忙しくなってきています。

なお、小生たちの今回のミッションの1つは、ブラジルにおける日本語教育の(我が社からの)支援について検討するための材料を集めることでした。日系人から情報収集を行ったりするのですが、ひたすら陳情を聞くような形になることもあります(ブラジルの日系人については、こちらを参照)。

基本的にこの日本語教育助成事業は縮小方向です。というか、中南米に対する協力全般が縮小方向で、小生は我が社の中の斜陽産業に携わっていることになります。商社で言えば繊維部門、といったところでしょうか。

ま、当然と言えば当然で、特に3世以降にとって日本語は完全に「外国語」。学ぶ優先順位としては、英語、スペイン語の次だそうです。でも、母国語のポルトガル語にこれらを加えた4カ国語をある程度操る人(テトラリンガル?とでも言うのだろうか)も(特に裕福な層には)それなりにいて、驚かされます。

ただ、1世の人にとっては、規模は小さくとも、助成事業や日本語教師などのボランティア派遣が細々と続いていることは、僅かに残る「日本とのつながり」を象徴する重要なものだったりします。別になくなっても仕方がないし、時代背景も理解しているけど、それが打ち切られると、日本に「見捨てられた」という気持ちを持ってしまいかねない。本当にこのあたりの舵取りは難しいです。彼らは国の政策で、愛する祖国(この辺は人によって温度差がありますが)を捨てて新天地を求めたのですから。

今回視察した日本語教育を行っている学校は4つ。
1.現地化がかなり進んだ地域で、珠算塾程度の感覚で日本語を教えている補習校
2.完全に現地の公立校だが、外国語としての日本語教育を売りにし、さらに日本的な躾を売りにしている学校
3.日本語、日本語文化(折り紙、生け花等)を普及させている団体(日伯文化同盟[伯はブラジルのこと])
4.日本語教師が個人宅でやっている日本語教室(私塾:月謝高し)

それぞれ生徒層、習熟度、抱える問題等が全く違っていて、かなり勉強になりました。ここでは、1.及び2.について紹介します。

1.の学校は、サンパウロから車で2時間。こんな田舎の風景の中に突然現れます。
風景2 風景1

学校とは言っても、複数の教科を教えるような公立の学校ではなく、生徒は公立校と、この小さな補習校を掛け持ちします(イメージは珠算塾。習い事の1つとして日本語を学ぶ)。
看板 かな表

日本で研修を受けたブラジル人の先生と我が社のボランティアの2名が日本語を教えています(写真に写っているのはブラジル人の先生)。
子供たち

日本語が書いてあるものは何でも貴重なのでしょう。もの凄く古い少年誌が倉庫に積まれていました。
漫画

協議の風景。移民1世の女性が、自分の子供の尻を叩いてでも日本語を覚えさせたことは後悔していない、子供たちにも今となっては感謝されている、と力強く仰っていたのが印象的でした。
協議1

こちらの学校(上記の2.)は、日本語というアイデンティティーが失われていくことに危機感を頂いた複数の地区の日系人たちが団結し、日本語教育、日本的な躾、バランスの取れた給食などを特色として打ち出した学校です。非日系人にも人気があり、その割合も3割程度とかなり高いです。
教室棟

体育館。なかなか立派です。少なくとも、これまでボリビアやナイジェリアで見た学校と比べたら遥かに。
体育館

協議風景。右から2番目の女性が校長先生です。
協議2

給食室では、おばさんたちが丁度お昼の準備をしていました。校長先生は「是非食べていきなさい」とかなり熱心に誘ってくださったのですが、サンパウロに戻るまでに絶対に渋滞にハマることが分かっていたので、次のアポを考え丁重にお断りしました。
給食1 給食2 給食3

ちなみに。世間一般には通用しない会話なのかもしれませんが、我が社ではテキトーな対応を取ったり、約束に遅れたり、複数の女性の中に小生が1人でランチに行ったりすると、「さすがラテンだよねー」と言って片付けられることが多いです。「いや、俺がテキトーで女好きなのは生来の気質だよ」と激しく反論したいのですが、面倒くさいので大抵の場合、口をつぐんでいますけどね。

これと似たようなケースで、ブラジルでNikkeiと言えば大抵の人は「勤勉な、誠実な」、悪く言えば「面白みがない」といったイメージを思い浮かべるそうです。Nikkeiの学校に子弟を入れるのも、それなりに日本的教育に期待してのことなのでしょうね。

翻って、日本であまり四角四面な人間に育ってほしくなければ、我が息子は将来、ラテン諸国の現地校に放り込むのが望ましいのでしょうかねぇ。ま、そんなことをしなくても「テキトー遺伝子」はしっかり受け継がれているでしょうし、子は親の背中を見て何とやら、とも言いますし。心配(何のだ?)無用でしたね。


ここまで読んで頂いた皆様、ありがとうございます。
えっと、、、今から夜行便(長野行)のドライバーとして頑張ってきます。(^-^;)ゞ
01:07 | 出張・旅行 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑
緊急援助隊 | top | 出張日記(アルゼンチン編)

Comments

#
ドイツでも母国語の維持は大変そうです。
 なんといっても、「漢字に触れる機会が少なくて」とお母さんたちは言っています。
 両親ともに日本人でも大変で、片親だけならなおのこと。

 難しいですね。

 あぁ、日本は連休なのですね。
 お帰りも安全運転で!
by: ムーニー | 2008/04/28 15:07 | URL [編集] | page top↑
# identity
>ムーニーさん

コメントありがとうございます。

言語こそ、その人のアイデンティティ形成に深く関わると思っています。日本でずっと育ってきて、ほぼ日本語しか話せない外国人の子弟が、自分の見た目と中身のギャップに悩むのもよく聞く話ですし。
月並みですが、時間が経てば現地化してしまうのは致し方ないとしても(このご時世、マクロ的にはそんなことを気にしていても仕方がない)、親の目の黒いうちは(3世くらいまで)ってことなんでしょう。

車があるのは、やはり便利です。
往路は夜中に出たので道が空いており、2時間半で着いてしまいました。
職場へのお土産も、道の駅が利用できてバリエーションが広がりました。
by: cabron | 2008/04/29 21:40 | URL [編集] | page top↑

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