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Sat.

国際化って、何だ?

広島で小学校1年生の女児が殺害された事件で、容疑者の日系ペルー人が供述を始めているという。ご家族の方は、悲しみと怒りで正気を保つことができなくなってしまっているであろうことは、子供のいない自分にも容易に想像が付く。もし自分の身内が、見ず知らずの相手にいきなりその命を奪われたら、小生はその相手を絶対に許さないだろうし、復讐すら実行するかもしれない。そのくらい、当事者にとっては卑劣で許しがたい行為である。

ところで、警察白書によれば、在日外国人による犯罪は年々増え続けていて、平成15年度は4万件を超す外国人犯罪(軽微なものを含む)があったという。少なくともこの20年、群を抜いて検挙件数が最も多いのは中国人であり、トップを守り続けているという意味においては、外国人犯罪界におけるトヨタカローラのような安定性を誇っている。だが、その他の国を含めて統計を見ると、トルコ人による犯罪が急速に増えている一方、一時期、上野などで偽造テレカを売っていたイラン人や、不法滞在でかなりの数が摘発されていたタイ人などの検挙件数は減っており、外国人犯罪にもトレンドがあるようだ。

しかし今後、「どこの国の人間が起こした事件」という切り口はあまり意味を持たなくなってくるだろう。なぜなら、既に人口減少が始まっている日本において、外国人労働者や移民を受け入れずにあらゆる産業を成り立たせることは困難になっているからだ。もう少し直接的な言葉で表現するならば、今まで「純潔」を守ってきた日本も、50年後に米国や豪州のように多民族国家となる可能性は大いに考えられる。これはある意味で、「国際化」と言えるだろう。そうなったら、皆が「日本人」なのだから、「何人(なにじん)が何をした」と考えるよりは、トータルで犯罪を減らす方が重要である。

もちろん、現在の多民族国家が抱えているように、一部の人間が作り出す出自ごとのイメージ(例:アラブ系は過激、ユダヤ系は吝嗇で計算高い、など)、偏見や差別はなくならないだろうけれど。これは、アラブ系民族がテロを起こしたり、ユダヤ系の銀行が儲け過ぎたりしている限り、仕方のないことであり、せめて個別の人間に対してバイアスを外して接するくらいしか、個人として対応できることはない。

東京では既に20年も前から、よく外国人を見かける(小生が通っていた中学校があった豊島区は、当時23区の中で一番外国人増加率が高かったと記憶している)が、地方においても、所謂3K職場の労働力を外国人が支えていることは、普通に周囲に目を向けている人であればお気付きだろう。三洋電機の企業城下町として知られる群馬県大泉町などは、人口における外国人比率が日本一で、ブラジル人コミュニティーが形成されていることで有名だが、そうでなくとも、例えば浜松の駅前にも、ヤマハやスズキの工場で働く外国人がこれでもかというほど沢山いる。また、小生が先日出張に行った際に、ブラジルからボリビアへ移動する機中で隣に座ったボリビア人も、以前大阪で「Kaitai-ya(解体屋)」で働いていた、と語った。

そのときに、その同い年のボリビア人が言っていた一言が結構グサッっときた。
「日本人は、ああいったキツい仕事、やりたがらないからねー」
100万人を超えるニートがいるにも関わらず、である。
日本から来たと言うと、世界各国で、「トヨタの車は凄いねー」「ソニー製品は最高だよ」などと、あたかも自分が日本人代表であるかのように声を掛けられるが、その実、彼らの助けなしに日本はやっていけないのだ。

「ガイジン」と言えば、小学校のとき、「ユーゴー君」というハーフの子が、他の子と目や髪の色が違うというだけで苛められていたのを思い出す。しかし現在の小学校は、当時よりもよっぽど混血が進んでいるだろう。状況はどうなっているのだろうか。相変わらず十年一日の如く、同じことが繰り返されているのだとしたら、日本の将来は明るくない。

また、高校生の頃、“世界では、水と安全はタダではない!”と主張する、自分が生まれる前に書かれたベストセラーを読んで「なるほどな」と思ったが、大学に入り、たまに外国を訪れるようになると、そんなところまでワールドスタンダードに合わせる必要などない、とも考えるようになった。

しかし残念なことに、安全性の面において、日本も着実に世界標準に近づいていることは疑いの余地がないようだ。それにしても、今日の栃木県の事件といい、子供がまともに道草もできないなんて、何とも恐ろしい世の中ではないか。少なくとも自分が子供の頃、道草を食っていて危ない目に遭ったことはない。「国際化」するにせよ、日本の良いところは残さにゃならん、と強く思う。
02:10 | 時事・社会 | comments (8) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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Comments

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 今でも「お前の母親は外人なんだから、その国の学校へ行け!」という子がいるそうです。そのお母さんは「欧米人のハーフは大事にされるのに、アジアや貧しい国の人間とのハーフは日本で大事にされない。私が欧米人だったらうちの子もいじめられなかったかもしれない。」と言ってました。
 周りの大人の「他人を見下す姿勢」に、子供は敏感ですね。
 間違った優越感と結びついた差別の根の深さ……若い親も例外ではなくて、悲しくなります。
by: ムーニー | 2005/12/03 13:42 | URL [編集] | page top↑
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オーストラリアだと両親の国籍が違うのはめずらしくないから
さすがにハーフだからっていうイジメはないと思うんです。

ただやっぱり「○○人のいる地域は…」っていうのはあります。
ローカルの人が言うから、そうなんだろうなって
よく知りもしないくせにそう思っちゃってます。

もし自分達がそう思われてたら、すごく悲しいんですけどね…
by: Mink | 2005/12/03 18:47 | URL [編集] | page top↑
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他民族国家の国に14年近く住んでいます。
日本に居るときから差別意識は持っていない方だと思ってた。
それが、この国に住んでいると、自分が日本人だという事を、いつも自覚するようになりました。
これは、私だけではないようです。
by: Dorothy | 2005/12/03 22:36 | URL [編集] | page top↑
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>ムーニーさん

そうですか、今でもそんなことがあるのですね。
しかも、親の出身国によって差別を使い分けるなんて、最悪ですね。
自分が住む国が変われば、また、50年経てば、自分たちがマイノリティーになるかもしれないのに…。
小生も身近なところでできることがないか、考えていきたいと思います。

※ムーニーさんのブログでご紹介いただき、ありがとうございました!
by: cabron | 2005/12/03 22:53 | URL [編集] | page top↑
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>Minkさん

いや、本文中にも書いたように、一部の人のイメージで全体が決まってしまうことはよくあることです。
小生も過去に自分勝手な韓国人に何度か遭遇し、未だに韓国人のイメージは良くありません。ただ、個人的にやり取りのある韓国人の友人はいい奴だったりするんですよね。
なので、我々には、「日本人はひどい奴らだ」と思われないように、自分を振り返りつつ行動することしかできないのかもしれませんね。
by: cabron | 2005/12/03 22:56 | URL [編集] | page top↑
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>Dorothyさん

どのように自覚されるようになったのかが不明でしたが、、、
「自分が差別される側であること」を意識するようになったということであれば、きっと世界中のどこに行ってもなくならない問題なんでしょうね。実際に日本人は一時期(バブル期)豪州の土地を買い漁っていたこともあったようですし…。
それでも、永住予定の友人に聞くと、豪州は移民にもとても優しい国という印象を受けます(少なくとも行政上の処遇などは)。
by: cabron | 2005/12/03 23:07 | URL [編集] | page top↑
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cabronさんの記事を読んで、何故か危機感のような物を感じました。。
日本人は群れたがり、人と違うことを嫌う傾向がまだまだ強いから、日本の株式会社○○のとまとです。ではなくて、どこに所属していなくとも、私はとまとよ!って言う意識を持たないと、cabronさんが仰るような多民族国家になっていくとしたら、どこか誰からも見えない所に埋もれて行ってしまう人が沢山出てくる様な気がしています。。
抽象的にしか言えなくてすみません(汗)。

初めに書いたような傾向がなくならない限り、差別もなくならないですよね?実際、イラン人の旦那さんを持つ友人をウチに招いたりすると(ご夫婦で)、ご近所さんの視線やウチの親の反応がいつもと違うのが、すっごく寂しいです(涙)。
by: とまと | 2005/12/04 12:21 | URL [編集] | page top↑
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>とまとさん

(仮に多民族国家となって)既存の日本人的アイデンティティーが崩れたとき、拠りどころとなるのは、「自分は日本人だ」という強烈な自我だと思うのです。既に1世紀以上多民族国家としてやってきている米国民を(何とか)結び付けているのはそういった意識であると思いますし、外国に出かけると、どうしても自分が日本人代表になってしまうので、そういったことを意識することの必要性を感じることが多くなります。

記事にも書いたとおり、過去にイラン人が集団で違法行為を行っていたのも事実。ただ、個人個人に対してはそういう画一的なイメージで見ないように心がけないと本当の付き合いはできないですよね。

しかも、警戒心を持ちつつ、日本という国の安全神話はできる限り守りたい。二律背反で難しいところではありますが。
by: cabron | 2005/12/04 20:52 | URL [編集] | page top↑

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