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Thu.

メキシコ日記(思い出編)

ようやくメキシコ日記、少しずつアップしていきます。
出張に出てから約1ヶ月、時差ボケを治すのは容易ではありません。
何だか、帰ってきて1週間経った今も、頭の回転が上手くいっていない気がします。
(←もともとです、ハイ。失礼しますた。)

ところで、今日は小生が通っていた学校などのおはなしです。

今を遡ること4年と数ヶ月前、小生はまだ社会人4年生、希望に燃える26歳のワカモノでありました。
当時働いていた職場の留学生枠に選ばれた小生は、これから経験するメキシコという国がどんなところなのかも分からず、スペイン語も全く喋れないままに、メキシコに送り込まれました。

住む家を探すのも、生活用品を買うのも全て手探り。
一緒に来ていた東京外大の留学生のみんなには随分お世話になりました。

そんなスペイン語を喋れない我々が放り込まれたのが、下の写真にある「メキシコ国立自治大学付属外国人教育センター」。クラスのレベルは0から5の6段階で、週5日、1ターム6週間の集中授業です。

結局小生は、メキシコにいる間にレベル1~4の4コースを受講しました。それによって当時は、それなりに問題なくコミュニケーションできるレベルに達したのですが…。その後の転落ぶりは、今までの記事に書いているとおりの体たらく。

まずは校門から。奥に見える怪しげな影は小生です。
20051103153959.jpg

廊下。授業がないシーズンだったのか静かでした。
20051103154015.jpg

教室のドア&教室内部の様子。普段はもう少し整然と椅子が並んでいます。
20051103154030.jpg20051103154043.jpg

中庭。授業が終わった後はここでコーヒーを飲んだり、果物を齧りながら友人達とお喋りに興じました。
20051103154102.jpg


学校から道路を挟んだ向こう側にある、「地球の歩き方」にも載っている大学の図書館。壁画が見事です。
ちなみにこの大学はキャンパスが物凄く広く、1つの町と言ってもいいくらいの大きさを持っています。実際にC.U.(大学都市)などと呼ばれています。
20051103155056.jpg

図書館は遠景だとこんな感じ。芝生の緑が気持ちいいです。
20051103155109.jpg


なお、メキシコの芸術において、壁画は特別な意味を持っています。

メキシコ革命(1910-40)のさなか、メキシコ壁画の3大巨匠(リベラ、シケイロス、オロスコ)を中心に、「壁画運動」というものが推し進められました。もともとメキシコ革命自体が、西欧資本に極度に依存して近代化を推し進めようとした独裁的大統領、ポルフィリオ・ディアスの政策に耐えかねた民衆が起こしたものですが、壁画運動はこれを下支えする役割を果たしました。つまり、それまで国を創ってきたインディオやメスティーソなどから収奪の限りを尽くし、外国人投資家や白人、エリート層への富の集中といういびつな社会構造を作り上げた西欧至上主義に対し、再度メキシコ人(彼らの大半は上記の先住民もしくは混血)のアイデンティティを取り戻そうというメッセージを壁画に込めたのです。

したがって、壁画はキャンバスに描かれ美術館の中に鎮座ましましている訳ではなく、誰でも見ることのできる公共の場に描かれています。また、良いことも悪いことも含めて全てが描き込まれ、強いメッセージ性を持っています。字を読むことができない民衆にも理解できるように、「壁画」という手段を使ったのです。そのような人たちにも理解できるような絵が中心ですから、現代に生きる我々が見ても、かなり見る者の心に語りかけてきます。

ディエゴ・リベラ(1886-1957)
妻のフリーダ・カーロ(1907-1954)は映画にもなっており、多くの女性に影響を与え続けているので、こちらの方が有名かもしれません。
diego.jpg

なお、メキシコ革命は30年程度続いたと一般には言われていますが、中には「革命はまだ続いている」と言う人もいます。チアパス州などでゲリラ活動を続けるサパティスタたちもその中に数えることができるでしょう。

確かに、メキシコにおいては未だに富の偏在が激しく、富める者は日本の小金持ちなど目ではないくらいのお金の使いかたをし、片や毎年新学期になると、家の事情で小学校に通えない子供たちのニュースが報道されます。こういった状況を見ると、彼らの言うこともさもありなん、と思わないでもありません。

さて、話が大きく逸れました。
いつもお昼は、学校の近くにある屋台街(通称 Calle de Salmonela:サルモネラ通り)で食べてました。幸いにここで当たったことは一度もありません。
20051103155123.jpg

近づくと、いかにも、という感じの水の汲み方をしています。
20051103155135.jpg

ひとまず、以上が小生が学んだ環境です。
一応、写真は今回新たに撮ったものばかり。長くいると、日常生活などなかなか撮らないので、改めて撮ってみました。

それにしても今考えると、本当に恵まれた1年間だったと思います。
さて、次はいつになるか分かりませんが、「食べ物編」を予定しています。
16:05 | 出張・旅行 | comments (6) | trackbacks (0) | edit | page top↑
メキシコ日記(食べ物編) | top | Halloween

Comments

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メキシコわが青春ですね!
メキシコにいつか行ってみたい、その壁画も見てみたいという気持になりましたよ。
by: Dorothy | 2005/11/03 19:21 | URL [編集] | page top↑
#
奥に見える怪しげな影を拡大して見てみましたー!
買出しの帰りって感じでしたよ(笑)
でも、ナナメにバッグさげちゃって、ウフフ♪ 可愛い♪

cabronさん まったく話せない状態から
たった1年で問題なくコミュニケーションがとれるようになるなんて
すごい努力したんですね。
私、3年近くいるのに 問題ありありですヾ(´▽`;)ゝ
by: Mink | 2005/11/03 21:16 | URL [編集] | page top↑
#
ヲタえもん、かぁ~、すげえ発想~
とカンケーないトコに感心して、とw
そうだったそうだった、フリーダ・カーロのだんなさんだったっけ
ディエゴ・リベラ、とニューロンがつながったりしてますがw

オッカナイ通称ですねえww
うわぁ~、まぢ、いかにも、だなぁ~www。
by: 人猫 | 2005/11/03 22:47 | URL [編集] | page top↑
#
>Dorothyさん

是非是非、一度訪れてください(できれば長期で)。
クセになること、請け合いです。


>Minkさん

「問題ない」とは言っても、全てを完全に理解していたわけではありません。
大学生たちと話すときも、「それってどういう意味?」などと何度も聞き返したりしていましたし。

全く話せなくても、英語がバックグラウンドにあれば、ある程度理解は早まると思います。


>人猫さん

フリーダ・カーロは一時期、マドンナが傾倒していたりして話題を呼びました。またリベラは、あの岡本太郎にも影響を与えたと言われています。
夫婦でスーパーアーティスト、凄い人たちです。

by: cabron | 2005/11/04 13:33 | URL [編集] | page top↑
#
私も拡大してじ~っくりと、cabronさん見てきちゃった♪
留学時代の若かりしcabronさんかと思いましたが、今回の、って
書いてあるから…今かな。。

今回は奥様も一緒に、留学時代の思い出の土地を訪ねられたんですネ?
「タラベラ焼き」情報ありがとうございまっす^^
メキシコの壁画にそんなメッセージが込められているとは
知りませんでしたが、タラベラ焼きの絵も似た感じがしますよね?

もっとよく見てみたくなりました。
by: とまと | 2005/11/04 22:30 | URL [編集] | page top↑
#
>とまと店長

実は、半年とちょっとですが、妻も一緒に留学してました。
前の職場でも今の職場でも、どちらにせよ将来的にはスペイン語圏に赴任することが予想されたので。
先に語学を勉強しておいてもらおう、と思ったのです。
なので学校は、彼女にとっても思い出の場所、という訳です。

そうですね。壁画もタラベラ焼きも「派手」という点で共通しているかもしれません。ラテンの血が為せる業でしょうか…。
by: cabron | 2005/11/05 00:24 | URL [編集] | page top↑

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