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Sun.

家族の試練

またまた更新間隔が開いてしまいました。

実は、訳あって日本に一時帰国していました。
そして、先週より二度目の単身赴任が始まりました。
つまり、家族を日本に帰した、ということになります。

理由は、妻が重い病気に罹ってしまったこと。
ピンクリボンの、例の病気です。

3カ月ほど前、妻の左胸に結構大きなしこりが発見され、8月初旬にこちらの私立病院で診てもらったところ、乳がんの診断。告知を受けた日の夜は二人で泣きました。何でよりによって、小生のように素行の悪い人間ではなく、妻のように完璧に主婦業・母親業をこなしている人間にこのような仕打ちをするのかと、天を恨んだりもしました。

それからは大慌てで帰国の準備。子供の幼稚園の退園手続きやら、航空券の手配やら、妻が運転するために買った2台目の車をどう処理するかの検討やら、パッキングやら…。とりあえず、準備も不十分でしたが、告知から10日後くらいに家族とともにバタバタと日本に帰りました。

日本に帰ってからも、妻はマンモグラフィーやら、超音波やら、乳腺MRやら、全種類の検査をやり直さなければならず、その間、約10日間、小生は子供2人を連れて実家長野に「疎開」。実は、現在彼らが身を寄せている千葉県某市は、放射線量が高い、所謂「ホットスポット」と呼ばれる地域であり、どこで子供を幼稚園もしくは保育園に入れようか、という検討(と言っても、どちらかの実家に頼らざるを得ず、千葉か長野しかないのですが)もあり、教育施設の下見を兼ねていました。検査が終わってからも、治療方針の検討のために妻と一緒に複数回病院に足を運んだり、今後、小生が帰国してから家族で住む家もないので、幾つかの地域の物件や住環境の下見をしたり、自分の健康診断を受けたり、再検査をしたり、と、日本での時間は非常に慌ただしく過ぎていきました。

結局、やはり小生の実家はいくら環境が良いとは言え、義理の両親との同居生活は気を遣う(=治療にも良くない)ということで、千葉の妻の実家で治療、子供たちもそこから保育園に通わせることになりました。

その他にも、実は去る12~1月の一時帰国以降、長男が「場面緘黙症」(詳細な説明は割愛します)という症状にかかってしまい、家以外では全く喋らなくなってしまっていたのですが、今回の帰国で解消されました。その意味でも、前回記事で書いた、子供の「ルー大柴化」を防ぐ意味でも、家族がこの時期に早期帰国できたのは良かったのかもしれません。

治療方針の決定過程で、妻は非常に葛藤し、悩み苦しんでいました。乳がんは、極めて早期発見できた場合、すぐに手術してその部位を取り除く、という方法も取ることができるのですが、大抵発見されるのはしこりがある程度大きくなって(進行して)から。その場合、最低でも半年間以上、抗がん剤で小さくしてから手術を行うのが一般的です。抗がん剤は、がん細胞を殺すくらいなので、非常に毒性が強く、髪が抜けたり、吐き気を催すのみならず、健康な身体から免疫力を奪ってしまう(時には他の部位をがん化させてしまう)可能性があることが近年指摘されており、妻としてもできればやりたくはなかったのです。

結局、医師からも標準的な治療法以外は難しいということも言われ(民間療法のようなものは、保険認可がなされておらず、莫大なお金がかかりますし、個人クリニックのようなところでしかやってもらえず、効果も保証されません)、妻は抗がん剤を受け入れる決心をしました。今後、本格的な治療が始まりますが、それと並行して、告知を受けてから続けている食事療法(肉や卵、乳製品を一切取らずに玄米・菜食。さらに糖分、油物を食べない)を継続していくことになります。小生であれば、こんな仙人のような食事はおそらく我慢できませんが、2カ月近くこれを継続している妻の意志の強さは尋常ではありません。この意志の強さがある限り、必ず病気は克服できると信じています。



一度、家族で暮らす楽しさを味わってしまったので、正直なところ、二度目の単身赴任は辛く、味気ないです。可愛い盛りの子供と離れ、電気が点いていない家への帰宅。遅くに帰ってくるので、料理をする気も起きず、お茶漬けをかき込み、寝るだけの生活。

それにしても、なかなか子供を授からなかったり、授かっても「異常があるかもしれない」と言われたり流産しかけたり、子供が突然外で喋らなくなったり、母ちゃんが病気になったり…。人生なかなか一筋縄では行かないものです。これも我々家族に与えられた試練であり、天は「乗り越えられない試練は与えない」のかもしれません。が、今回のはちとヘビーです。

父ちゃん、これまで毎日のように晩酌(たまに深酒)をし、当地では運動も殆どせずに漫然と過ごしてきましたが、自己管理をきちんとして、絶対に倒れないように気を付けねば、と心を入れ替えつつある今日この頃です。人事にも事情を説明し、「家族サポートのために早く日本に帰してくれ」とは言っていますが、事務所に4人いるプロパー職員のうち、2名が11月に異動することが決まっており、年度内(3月まで)に帰るのは絶望的な状況です。が、人事に特段の配慮をしてもらえなくとも、既に丸3年間は御奉公をしていますので、最大であと1年程度、と思って頑張ります。
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16:31 | 日常・人間観察 | comments (4) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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